椿の精に助けられ……

佐保

ねがわくば さくらのもとにて はるしなむ
そのきさらぎの もちづきのころ


 そろそろ桜前線の話題が聞かれるころになると、無意識に口をついて出てくる歌です。蕾もよし、咲いてもよし、散り際もよし、日本人にこれほど愛されている花はないのではないかと思います。
 私も桜のもとで生涯を閉じることができればこの上ない喜び……こう考えるようになったのは何時のころからでしょうか? そして桜や椿に木の精が宿っていると思うようになったのは何時からでしょうか?
 我が家には樹齢五十余年になる桜が3本と椿が6本あります。桜も椿も散り際のいさぎよさに惹かれます。
 十数年前、胸が締め付けられるような苦しさに目が覚めると、枕元に赤い着物を着た女性がいるではありませんか。見たことのない女性に胸の苦しさも忘れ、唖然としたこと十数秒か、それとも数秒ではなかったかと思います。
 翌朝、私の大好きな肥後椿の古木が真っ赤な花をつけたまま根元から倒れていました。強風で折れたのでもなければ、虫に食われたのでもない、木が突然、何の前ぶれもなく横たわっていました。百数年、雨にも風にも耐え、喜びも悲しみもともにしてきた肥後椿です。その椿が突然私の前から消えてしまいました。驚きと悲しみに涙も出ませんでした。
 後になって考えると、椿の精がきっと私を助けてくれ、そしてお別れに来てくれたのではないかと思うようになりました……椿の花が咲くころになると何時もこう思ってます。
 そして今年も桜も椿も見事な花をつけ、楽しませてくれています。


編集部より
 いつも一生懸命に生きているって感じられる人です。それでいて自然体。楽しいことや嬉しいことがあると、きらきらと瞳が輝いています。季節の移り変わりに敏感で、自然と共に生きているという一面と、社会人としてバリバリ仕事をこなす出来る女性としての一面を合わせ持った魅力あふれる女性です。